
会社の中にいると色々求められることがあります。
『売り上げ向上』、『コストダウン(経費削減)』といったことは当然ですが、もう少し基本的なところ(?)で『変革』『効率化』などです。
今回はその『効率化』について考えてみます。
当然ですが『効率化』は手段であって目的ではありません。『変革』もそうですが、それ自体が目的になっているいうに見受けられる、もしくはそのように解釈してしまっている上層部、管理職もいます。
『効率化』の目的はそれによって固定費を減らす(省人化)、作業の短期間化、作業の均等化(品質の安定)といったことが本来の目的になるでしょう。

その方法はもっと色々あります。最近ではDX(IT)化、AI化、コミュニケーションのSNS化、など年配の方にはついていくのも大変なことなどが多いです。
このような『効率化』をすることによって社員の『働き方』が変わってきますし、データまとめ/作成、会議室への移動、相手の都合などをあまり考える必要がなくなるので(ある意味)無駄な時間は削減することが出来ます。つまり、勤務時間の短縮が出来ますね。
一見、経営的には良いことが多いですが、デメリットもあります。

将来的に全ての作業を人からAIやITに置き換えていくのであれば良いのですが、どうしても人に頼らなくてはいけないこともあります。つまり、会社、社会から必要とされる人数が減るわけです。
残る人が絞られる、ということはそれだけ能力の高い人(経営層など)、給料の安い人(本当の単純作業をする人など)が必要とされる、ということです。海外からの安い労働力に置き換えられていくというのも加速していくかもしれません。
一番多いであろう普通の人、所謂中堅層の人はITやAIに置き換えられて行ってしまうでしょう。

『効率化』によって一般会社員は理不尽な苦労をする必要がなくなります。一方、社内にはそれに耐える強さ、スキルを育む機会は失われています。
『効率化』で捻出できた時間に自分をしっかり磨き、将来の自分へ投資する、ということを自分で考える必要はあります。昭和時代、平成初期であれば理不尽でも会社の中に残っていれば定年までいられましたし、それなりに会社の言う通りチャレンジしていれば強さ、スキル、経験は意図せずとも蓄積されていきます。自ら考えて蓄積しなければならない強さ、スキルというのはそれほど多くないでしょう(それはそれで難しいのですが)。
『効率化』というのは私がこれまで触れたことのある『継続は力なり』『10,000時間の法則』『べき乗則』といったことに相反する面もあります。
『効率化』というのは経営層にとっては良いものかもしれません(少なくとも短期的には)。しかし、雇われる側からすると非常に大きなライバルだということは認識しておいた方が良いのかもしれません。もはやライバルは同期、同年代の社員だけではありません。経営層の経営方針などもライバルになりうるのです。
時として一見『無駄』と思うようなことでも捉え方を換えれば自分のためになることもあるのかもしれません。
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