表題の通り、25年暮れから26年にかけてちょっとしたことがありました。

ちょっと記憶を辿りながら残しておきます。

実は実父が24年の秋頃にすい臓がんの宣告を受けました。手術は出来ないので抗がん剤治療を担当医からは勧められましたが家族含めて抗がん剤治療は受けないことを選択しました。理由は諸々…。つまり、治療はせず、緩和ケアを、ということです。

そして、宣告から約1年経った頃、あまり食べられなくなってきました。栄養剤みたいなもの、消化の良さそうなモノは口に出来ますが、固形物系はほとんど食べられません。それでも比較的元気でウォーキングに出かけたり(距離、時間は短くなりましたが)、あまり弱っているところは見せずに過ごしていました。

その頃、治療はせずに緩和ケアのために月に二回ほどの訪問看護、診察を行ってきました。

12月に入ってみるからに痩せてきたのは分かります。それでも本人はしっかり活動していました。私も心配ではありましたが、前々から予約してあった宮崎旅行に行かせてもらいました。

12月20日には79歳の誕生日を迎えました。

年末になると診察も休みに入ってしまうので自宅療養は若干不安です。やはり、気温低いですし、万が一何かあった際にはどうすることも出来ないので・・・。そういったこともあって年末には近所のみどりのまち病院に入院してもらいました。

訪問診察をしてくださった先生からは動けるなら入院はしない方が良い、入院すると動かなくなるから衰弱が進むかも、と言われていました。が、不安には代えられません。

12月26日か27日だったと思いますが、入院してもらいました。この辺りは結構衰弱も進んでいて、本人は元気ですが見た目には細くなり、家の中では痛い、辛い、と言うことも在りました。

入院2日目でしたか…、一人で部屋にいるのが不安だったのか病院から電話があり、付添ってもらえないか、とのこと。その時、私は外出していたので母親が入院している部屋に行って付添いました。

それ以降、母と私で交互に24時間体制で付添いました。何をするわけでもないですが、介護のような感じですね。入院した部屋は個室だったので隣にベッドを置いてもらってそこで寝ていました。

本当の年末にはかなり衰弱が進んでおり、(すでに肺にまで回っていたのか)声もあまり出なくなりました。親族にも来てもらいました。彼ら曰く、「結構元気そうだね」と言っていましたが…。

正直、年越せるかな…、という感じでしたが病院が休みだった間はそれほど進行する感じもなく、過ごしてくれました。

 

長くなりそうなので、この辺りで一旦切ります。

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